25歳の僕の歩み

このブログは、私が25歳の時にmixiに書いた日記を改めて読み返し、多少加筆訂正したものです。ご一読頂ければ幸いです。 南無阿弥陀仏

 華光 仏の子供大会 二日目

2011, 8, 30

前回に引き続き、華光 仏の子供大会についての日記です。さて、今日は二日目について書いてみたいと思います。かなり長くなってしまいましたが、よろしければお付き合いください。

 

子供大会の朝は、ラジオ体操から始まります。早起きすると、やっぱ眠たいですが、早朝のラジオ体操はなかなかに気持ちいいです。子供たちは眠たそうに体操していましたが(笑)

 

体操の後は、朝食をすませて朝のお勤めに。お勤めは、昨日と同じく「らいはいのうた」をしました。

 

そして、ご法話です。前回の日記で書き忘れていたんですが、仏の子供大会のご法話には、それぞれテーマがあります。

まず初日は「テーマの明確化と問題提起」(テーマは、子供大会全体のテーマのことで、今年は「心の勉強」です。)

二日目は「罪悪」

三日目は「無常」

四日目は「因果の道理と後生」

そして午後の閉会式に「救い」というふうになっています。仏の子供大会が三泊四日という長い期間でやるのは、このようなテーマにそって、日ごとに内容が深まっていくことにも起因しています。

さて、そして二日目のご法話は「罪悪」です。ここでも、僕が聞かせてもらったところでご法話の内容を書いてみようと思います。

 

今年の仏の子供大会のテーマは「心の勉強」です。昨日のご法話でもありましたが、心っていったいなんなんでしょうか?

今日はその心を、私の一日の生活を振り返りながら見てみたいと思います。(イラスト付きの一日の図を前に張る。)これは、朝起きてから寝るまでの私の一日です。

私(ご法話をされている先生)は薬の勉強をする大学にいっています。ここにネズミを持っている絵がありますが、私はネズミを使って薬の実験をしています。ネズミを捕まえて、しっぽのほうに注射で薬を注入して、薬の効果を試しています。

みんなは薬を飲んだことがあると思うけれど、その薬ができるまでには、ネズミや犬、猿などいろんな動物実験が行われています。そうやって、人間が使っても大丈夫かどうか調べるんです。

私はこのような動物実験をして薬を作ることを悪いことだとは思っていません。だって、それで人を助けることが出来ます。

だけど、動物を殺すことは罪です。生きものの命を奪うことは、罪なんです。私の心がどう思っていようと、それは悪いことなんです。そのことを、仏さまはよーくご存じなんです。

また、私は焼き鳥が好きです。なので、この日は夕ご飯に友達と焼き鳥を食べに行きました。それじゃあ、この焼き鳥は何からできていますか?

もちろん鳥ですね。鳥を殺してできています。それをおいしい、おいしいと私は食べています。

またそれだけじゃなく、その時に友達の悪口を一緒に来ている友達と話していました。それも、とっても楽しく話していました。

だけど、鳥を殺すのも、友達の悪口をいうのも罪です。私がどんなにおいしく食べようが、どんなに楽しそうにしゃべろうが、それらは罪です。そのことを、仏さまはよーくご存じなんです。

そして、それだけではなく、これらの罪には、すべて心の罪が引っ付いています。自分たちが助かるなら、他の命はどうなってもいいという心。他の命を殺して、食べたいという心。友達のことを悪く思う心。そんな悪い心が、私の中にはあります。そのことを、私は仏さまから教えてもらっています。

では、みんなの心はどうですか?みんなの中には、どんな心がありますか?自分の心は、仏さまにはどのように見えているんでしょうか?

今年の仏の子供大会のテーマは「心の勉強」です。仏さまの鏡に照らしてもらって、自分の心をしっかり観てみましょう。

(おわり)

 

法話の後は、班評価の発表や班会議、そしてお勤めの作法があります。班評価だけでなく、お勤めの作法も僕が担当させてもらっていたんですが、今はその二つの話題は飛ばしておいて、次の分級に入りたいと思います。

昨日はどことなくギクシャクした静かな雰囲気だったので、今日は思い切って、始める前に子供達とワイワイ雑談をしてみました。11歳離れている妹がまだ赤ちゃんだった時の思い出や、実家で飼っているコロちゃんという犬の話などなど。子供たちの話も聞かせてもらいながら、少し長めに雑談の時間を取りました。そうしたら、場もなんだか和やかな雰囲気になってきたので、子供たちもリラックスできただろうし、何より僕自身が肩の力を抜くことができました。

また、アメリカから参加してきてくれた子に対しては、今日は電子辞書を持ってきたので、これを使って丁寧にやれば、なんとかなりそうでした。(ほんと、念のために持ってきておいて助かりました。)

さて、そして内容に入っていきます。さすがに始まると雑談の時のようなリラックスした雰囲気ではなくなりますが、それでも昨日よりは断然話しやすい雰囲気でスタートすることができました。

まずはご法話の内容の確認。みんなにそれぞれ、覚えていることや印象に残っていることを発言してもらいます。内容は黒板があるので、(さすがは元小学校です。)そこに簡単に板書していきます。

その内容を見させてもらいながら、まずはネズミの実験についての話をしてみました。実験で使われる動物は、すべて殺されます。また、実験をするためにわざと病気にさせたりもします。それじゃあ一体、一つの薬を作るのにどれだけのネズミを殺しているんでしょうか?

子供たちの答えは20~50匹でした。

だけど、僕が返した答えは2万匹。(ただ、これは以前に一度耳にしただけの情報なので、間違っているかもしれません。ただ、その数の多さに驚き、印象に残っていたので今でも覚えていました。)

さて、こんなにたくさんのネズミの命を奪って薬を作っているんだけど、それじゃあ命って平等なんだろうか?

子供一人ひとりに聞くと、みんな平等だと思うと答えました。

でも、本当に平等だと思っていますか?

だけどそれは、本当のこと。仏さまは、すべての命は平等だとおっしゃられています。人間の命も、ネズミの命も、蚊の命だってすべて平等だとおっしゃられています。

そして、そのことの譬え話として、「王さまとハトとタカの話」をしました。王さまはハトを助けるために、ハトと同じだけの自分の肉をお腹をすかせたタカに差し出すことにしました。そのときに、肉の量を仏さまの天秤で量るのですが、腕を切っても、足を切っても、まだハトの方が重いのです。そして、ついに王さまがまるごと計りの中にのると、ようやくハトの重さとつり合います。人間とハトの命の重さは仏さまの天秤で量ると等しいというところから、命の平等というところを教えてくれる話です。

命は平等だというけれど、本当にそう思っているのかどうか、少し考えてみよう。薬を飲むときに、犠牲になっていった命のことを考えているかい?食べものを食べるとき、殺されて肉になっていった命のことを考えるかい?蚊をバチンッと殺す時に、本当に命が平等だって考えているのかい?僕たちは自分の都合に合わせて、命の価値をコロコロ変えているんじゃないだろうか。

だけど、仏さまの命の見方は変わらない。それは、仏さまには本当のことが見えているから。

さて、そして次に聖典を使って「私の心」について考えてみることにしました。(仏の子供大会には『子供のせいてん』というのがあります。そこにはお勤めだけじゃなく、お釈迦さまや親鸞聖人の一生、またいろんな分かりやすい資料なども載っています。)

まずはその聖典の中にある「心の四つの窓」についてみていくことにしました。心の四つの窓とは、「私に」というのを横軸に、「他人に」というのを縦軸にした四つの窓の図で、私にも他人にもわかっている「よくいえている心」、他人だけがわかっている「気がつかない心」、私だけがわかっている「かくしている心」、そして、私にも他人にもわかっていない「しらない心」の四つの心のことです。これら四つの心を、具体例を挙げながら、子供達と一緒に見ていきました。そして、仏さまの願いがかかっている心。仏さまがとても心配なさっている心こそ、四番目の「しらない心」だということを話しました。仏さまの鏡で教えてもらう心とは、この「私も他人もしらない私の心」です。

そして、休憩をはさんでからもう一つ。今度は十悪(じゅうあく)について。仏さまのものさしである十の悪いこと。それを一つずつ、みんなで独り独りが具体例を挙げながら見ていきました。そして、十悪には

  • 身体でつくる罪
  • 口でつくる罪
  • 意(こころ)でつくる罪

の三つがありますが、その中でも重いのはこころでつくる罪。そしてその中で一番重い罪は、邪見(じゃけん)といって、仏さまのことを疑う罪だということを話しました。(「十悪」については、2011/05/26「仏教の罪悪観」の日記の中で詳しくふれているので、よかったら参照してみてください。)

milleface.hatenablog.com

このことを話し終わったところで、そろそろいい時間になったので、今日の分級は終わりました。今日の分級では、雑談を最初にたくさん入れておいたのがよかったのか、(途中の休憩でも、子供達とお菓子を食べながらワイワイ話をしました。)みんなそれぞれのところで素直な思いを話してくれていて、話を聞く時も、まじめに聞いてくれており、僕にとっては、とてもいい時間を過ごさせてもらえました。今回のことで、分級への不安もかなり和らいでくれたので、明日の法話(僕が担当)や分級にこのまま繋げていきたいと思いました。

 

さてさて、お次は昼食になります。この時に、ベテランの先生の提案で、ちょっとしたゲームをしました。子供たちの班は4つあるんですが、班にはそれぞれ「班の旗」があります。(班評価でもらえる旗とは違います。)今回は「春・夏・秋・冬」の旗にしていたんですが、

  • 春班 vs 秋班
  • 夏班 vs 冬班

でそれぞれの季節をアピールする対決をしてもらいました。中でも冬班のちびっこ達が大活躍で、冬のアピールをガンガン言っていきます。夏班が「夏は川で遊べます」と言ってもすぐに、「冬も川で遊べるし!!」とちょっと無茶な応酬をします(笑)でも、その勢いに押されて、思わず夏班も黙ってしまう始末。そんなはちゃめちゃな討論が、見ててとても面白かったです。

 

昼食の後は海水浴に行きました。海ぼうずからは、5分も歩けば海水浴場に到着します。台風の影響で、前日に雨が降っていたので心配していましたが、多少波が高い程度で、十分に泳ぐことが出来そうでした。

なので、体操をすませてから、早速みんな、海の方へ走っていきます。最初は海水が冷たくって躊躇していた中学生たちも、バシャッと海水をかけてやると、ギャーギャー言いながら泳ぎ始めました (笑)。一度全身を海水につけると、最初冷たいと感じていても案外平気になるもので、持ってきていた浮輪やビーチボール、ゴムボートも使いながら、ワイワイと海水浴を楽しみました。

ここの海の水はとてもきれいで、魚もたくさん泳いでいました。水中メガネで魚を発見していく子供たちをうらやましいなぁと思いながらも、海水がきれいなお陰で、僕もなんとか海水の上からきれいな魚たちを見ることができました。(来年も会場がここなら、水中メガネを忘れずに持っていこうと思います!)

また、海で泳ぐのが初めての子もいて、「すごいなぁ、すごいなぁ。明日も泳ぎたいなぁ。」と帰り道、何度もぼやいている子もいました。

海水浴の後は、大きなスイカを食べました。朝、お腹が痛いと言っていた子が、調子にのって5個も6個も食べていましたが、案の定、後でまたお腹が痛いと言っていましたた(笑)。

 

イカを食べたら、お風呂に入って夕食。今日の夕食はバーベキューでした。肉や野菜もあるのですが、やはり海沿いの町。地元でとれた海産物がでてきます。サザエに、地元で養殖しているホタテのような貝。子供たちはあまり食べないけれど、大人にとっては、とても贅沢なバーベキューでした。

 

夕食の後にはスライドを見ます。まずは、「マンゴーの木」というスライド。これは、命がけで子供たちを助けようとする母猿の姿に、強欲な王様が改心するといったような話でした。

そして、次のスライドが始まる前に、各班の「モットー」と「うた」を発表してもらいました。どの班も少ない時間の中でがんばって考えてくれていました。なかなか覚えきれずに途中で止まってしまう班や、恥ずかしがってもじもじしている班もありましたし、班長を中心にダンス付きのうたを発表してくれる班もありました。

 

さて、そして後半のスライドが始まります。後半は、仏の子供大会では毎年恒例になっている「地獄のスライド」を見ます。

火の車 つくる大工はなけれども

  おのがつくりて おのが乗りゆく

火の車とは、地獄へと行くための燃え盛る車のことですが、その車は、誰かが用意するものではなく、自分自身でつくってきた罪が車となったものです。つまり、地獄へ落ちていくのは、すべてこの私に責任があるということです。

そして今年は、「等活地獄(とうかつじごく)」のスライドを見ました。等活地獄は、八大地獄の中でも一番軽い地獄で、殺生(せっしょう:殺し)の罪を犯したものが落ちる地獄です。

鉄の爪をつけて、罪人同士で骨になるまで切り裂きあう場所。熱く苦い泥の中に放り込まれる場所。鉄のくちばしのある虫に食べられる場所。ドロドロに溶けた鉄の雨が降る場所。巨大な地獄の鳥に焼き殺され、食い殺される場所。殺生を犯した対象によって、様々な場所があります。

また、地獄の中では、体が粉々に砕けたとしても、地獄の鬼が「かつっ!かつっ!」と恐ろしい声でどなると、たちどころに元の体に戻ってしまいます。そして、自分の罪業が尽きるまで、苦しみ続けるといわれています。

怖がっている子、気持ち悪がっている子、真剣に見ている子、眠たそうに見ている子。独り独り、いろんな見方をしてくれていたとは思いますが、いづれにせよ、その地獄をつくっているのは、ほかならぬ私自身であるということを、仏教では説かれています。

 

スライドの後は、軽く班会議をして、(明日のキャンプファイヤーでのスタンツ決めなど。)子供たちは就寝します。

 

そして、大人たちは反省会へ。二日目になると、大人たちにもだいぶ疲れの色が出てきていました。なるべく手際よく今日の反省と明日の役割分担をして、各班のアピールタイムに移ります。それを聞いて、班の評価を考えつつ、明日は法話もあるので、内容を軽くおさらいしてから、今日は眠ることにしました。

 

つづく