25歳の僕の歩み

このブログは、私が25歳の時にmixiに書いた日記を改めて読み返し、多少加筆訂正したものです。ご一読頂ければ幸いです。 南無阿弥陀仏

2019-01-01から1年間の記事一覧

夜回り先生からの学び -「まつ教育」、そしてカウンセリングに学ぶ「子どもとの関係づくり」-

2011, 7, 8 今回は、夜回り先生こと、水谷修先生から僕が学んだことの一つ、「まつ教育」について書いてみようと思います。 そして、カウンセリングに学ぶ「子どもとの関係づくり」というのは、この日記を書いている過程で、僕の中で繋がってきたところです…

カウンセリングの体験的学び -ミニカウンセリング-

2011, 7, 4 今回は「カウンセリングの体験的学び」ということで、その方法の一つ、「ミニカウンセリング」について 書いてみたいと思います。また、今回紹介するミニカウンセリングは、今まで書いてきたカウンセリング関係の日記の「応用編」、もしくは「実…

阿弥陀という仏さま3 -法蔵さまの修行、そして「南無阿弥陀仏」の名のり-

2011, 7, 1 さて、今回も前回の続きです。そして、「阿弥陀という仏さま」は、今回でいったん一区切りにしたいと思います。 それでは早速、『仏説無量寿経』をもとにした阿弥陀さまの物語の続きに入っていきたいと思います。 法蔵さまは、四十八願を述べおわ…

阿弥陀という仏さま2 -法蔵さまの「願い」と「誓い」-

2011, 6, 29 さて、今回は前回の続きです。 「阿弥陀という仏さま」についての日記ということで、阿弥陀さまが仏さまになられるまでの話を、『仏説無量寿経(大経)』というお経をもとに、物語として引き続き紹介していきたいと思います。 世自在王(せじざ…

阿弥陀という仏さま1 -「法蔵」の名のり-

2011, 6, 27 今回は、阿弥陀(あみだ)という仏さまについて書いてみたいと思います。 まず、仏といっても、いろんな仏さまがおられます。有名なところをいくつかあげてみると、 釈迦如来(しゃかにょらい) 大日如来(だいにちにょらい) 薬師如来(やくし…

児童相談所での想い出1 -卓球-

2011, 6, 24 今回は、僕が児童相談所で勤務していた時の想い出ということで、その中でも「卓球」にまつわる想い出について書いてみたいと思います。 ちなみに、児童相談所関連の日記については、以前に二つ書いています。また、「虐待に学ぶ親と子、そして私…

仏教の世界観3 -因果の道理-

2011, 6, 21 今回は仏教の世界観その三ということで、「因果の道理(いんがのどうり)」について書いてみたいと思います。 書いていくんですが、その前に、この日記は、仏教の教えや考え方を読み手の方に押し付けるのが目的ではありません。この日記は、僕自…

カウンセリングに学ぶ「話しの伝え方」 -あなたメッセージと私メッセージ-

2011, 6, 18 今回は僕がカウンセリングから学んだ「話しの伝え方」ということで、「あなたメッセージ」と「私メッセージ」ということについて書いてみたいと思います。 まず、「あなたメッセージ」。これは、「あなたは~です。」といった形のメッセージです…

どうして仏教にはいろんな宗派があるのか? -聖道門と浄土門-

2011, 6, 15 今回は、「どうして仏教にはいろんな宗派があるのか?」ということについて、書いてみたいと思います。実はこれ、龍谷大学に入るまでに僕の中にあった疑問でもあるんです。 僕の家は浄土真宗ですが、他にも天台宗や真言宗、日蓮宗や禅宗などなど…

はじめに(33歳の私の歩み)その2

2019, 8, 26 「25歳の僕の歩み」も、だいたい半分くらいまできました。8年前の私の歩みを振り返りながら、改めて大きなお育てを頂いてきたなぁと、有り難く、感慨深く思います。そしてまた、この一連の日記を書くことで得たものも、私にとっては非常に大切な…

児童相談所での学び2 -冷静に怒る-

2011, 6, 11 今回は「児童相談所での学び」の其の二ということで、指導のために「子どもを怒る」ということについて、書いてみたいと思います。 ただ、内容に入る前に、其の二ということで、当然ながら其の一もあります。 この日記では、僕が働かせていただ…

仏さまの唄 -善導大師、日没の無常偈-

2011, 6, 8 今回のタイトルの「仏さまの唄」というのには、ちょっとしたエピソードがあります。まずは、それを少し紹介したいと思います。 僕は今、習字を習っているんですが、先生はご高齢ということもあり、いつも30分くらい遅れて来られます。その間に、…

仏教の無常観 -刹那無常と一期無常-

2011, 6, 4 今回は「仏教の無常観」と題して、仏教の中で説かれている「無常(むじょう)の観方(みかた)」について書いていこうと思います。 書いていくんですが、その前に、この日記は、仏教の教えや考え方を読み手の方に押し付けるのが目的ではありませ…

カウンセリングに学ぶ「話しの聴き方」2 -自分の気持ちと相手の気持ち-

2011, 6, 1 今回はカウンセリングに学ぶ「話しの聴き方」の二回目です。なので、当然ながら一回目もあります。また、他にも以前の日記でカウンセリングについてふれているものがありますので、始める前に少し紹介しておきます。 milleface.hatenablog.com mi…

いのちの食べかた -知ること、思うこと-

2011, 5, 29 「いのちの食べかた」という本やDVDを知っていますか?僕たちが「食べもの」と呼んでいるものが、どのような過程でできているのかにふれることができる作品です。 今回は、森達也さんの『いのちの食べかた』という本を紹介しながら、読み手の方…

仏教の罪悪観 -仏さまの「ものさし」-

2011, 5, 26 今回は「仏教の罪悪観」と題して、仏教の中で説かれている「罪悪(ざいあく)の観方(みかた)」について書いていこうと思います。 書いていくんですが、その前に、この日記は、仏教の教えや考え方を読み手の方に押し付けるのが目的ではありませ…

合唱との向き合い -ソロとセカンド-

2011, 5, 23 今回は、僕が龍谷大学に編入して2年間関わらせてもらった「合唱」について書いてみたいと思います。日記の題は、「合唱との出会い」ではなく、「向き合い」です。それはなぜかというと、僕の合唱との出会いは、龍大に入学してからすぐだったけど…

お釈迦さまの教え -四つの苦しみ-

2011, 5, 21 今回は、お釈迦(しゃか)さまの教えの中の 「四苦(しく)」ということについて書いてみたいと思います。 もしかしたら、「四苦八苦(しくはっく)」という言葉なら聞いたことがあるという方もおられるかもしれませんね。日常会話の中で、さん…

話し手中心のカウンセリング -優しさと尊敬の態度-

2011, 5, 19 今回は、僕が今学んでいる「話し手中心のカウンセリング」について、書いてみたいと思います。また、今回この内容で日記を書こうと思った背景の中には、コメントを通して、僕の心が動かされたというところもあります。 それでは、始めます。 ま…

仏教の世界観2 -人間に生まれた意味-

2011, 5, 17 今回は、仏教の世界観2ということで、仏教の上での「人間に生まれた意味」について書いていこうと思います。 始める前に、今回は仏教の世界観「2」なので、当然「1」もあります。また、今回の日記は前回の日記の続きものなので、まだお読みでな…

ヨーガとの出会い -緊張とリラックス-

2011, 5, 15 今回はヨーガとの出会いについて書いてみます。 実はこの出会い、結構最近の話で、この間のゴールデンウィーク中の出来事なんです。しかも、ヨーガの教室に行ったのはまだ一回だけでして。だから、今の僕にヨーガの知識はほとんどありません。 …

児童相談所での学び1 –虐待に学ぶ親と子、そして私-

2011, 5, 13 今回は、僕がまだ高知工科大学にいた時に、児童相談所一時保護所の非常勤職員として働かせていただいてきたことからの学びについて、書いてみたいと思います。 まずは、児童相談所の説明から。児童相談所は、虐待や非行、登校拒否、また軽度の障…

仏教の世界観1 -三世と六道-

2011, 5, 11 今回は、仏教の中で説かれている「世界観」について書いてみたいと思います。 実は、仏教の世界観と、普段私たちが感じている、あるいは考えている世界観とは違いがあるんです。少なくとも、僕自身はそう感じました。 だけど、この仏教の世界観…

カウンセリングに学ぶ「話しの聴き方」1 -いま・ここで相手に流れる感情-

2011, 5, 9 今回は、「話しの聴き方」ということについて、僕がカウンセリング(PCA)を通して学んできたことについて書いていきたいと思います。 でも、本題に入る前に、まず、僕がカウンセリングを学び始めて出会った事で、今もよく印象的に残っていること…

聲明と合唱 -東洋と西洋の音楽-

2011, 5,7 僕は去年、勤式(ごんしき)指導所というところで聲明(しょうみょう)を習ってきました。聲明とは、簡単にいうと節のついたお経のことです。僕はこれを一年間、学んできました。そして、今ではこの聲明を唱えることが大好きな自分がいます。 また…

カウンセリングとの出会い -傾聴の力-

2011, 5, 5 今の僕にとって、仏教とカウンセリングは切っても切り離せないような関係に在ります。 そこで、今回は、僕とカウンセリングとの出会いと、そのことで今感じているところを書いていこうと思います。 今からだいたい二年半前。龍谷大学に編入してき…

お寺に生まれたこと

2011, 5, 3 僕は広島の田舎のお寺に生まれました。僕のお寺は浄土真宗なので、小さいころから「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」と当たり前のように称えてきました。 また、田舎なので小学生の時は歩きの集団登校です。その集合場所が、僕のお寺でした。 しかも…

ReStart

2011, 5, 3 再出発。 一年以上日記を書いていなかったようです。日記を書かなかったことには、 ただ単に面倒だったからというのもあるのですが、それ以上に、mixiの日記に書くべきかどうか迷っていたことがあります。 それは、「宗教」についてのことです。 …

はじめに(33歳の私の歩み)

2019,6,22 広島の県北に生れ、高校まで県内にいた私は、四国の高知県にある工学部の大学に進学させてもらいました。卒業後、京都の龍谷大学 文学部 真宗学科の三回生に編入させてもらってから、初めて本格的に仏教を学び始めます。恥ずかしながら、私はそれ…